ある旅行者が「中国という国自体を世界遺産にするべきだ。」と僕らに言ったことがある。
少々乱暴な言い方だけど、妙に納得してしまった。それは、様々な自然、万里の長城に代表される
遺跡・史跡、食も含めた文化は勿論、良くも悪くも他に類を見ない程の強烈な個性を放つ中国人及び彼らの営みなど、
ぜーんぶひっくるめて世界遺産に、という意味で、それ程中国という国は旅行者にとって魅力的だという点で全く同感。
僕らは、幾つもの夜を寝台列車の中で過ごし、いつ壊れてもおかしくないオンボロバスに延々と揺られ、始めて目にする絶景に驚き、
悪名高き中国式トイレに絶望し、ある時は傲慢な中国人に激怒し、ある時は彼らのやさしさに心うたれて約二ヶ月をこの国で過ごした。

いろんな事がありすぎたので、ここでは印象的なことに絞らざるを得ないんだけど、最も強力な中国式トイレの件に 関しては語り始めると本誌の品位を損ないかねないので自粛。 ということで、まずは中国の旅の楽しみの一つ「乗り物」について。地方に行くとバスの墓場から蘇ったかのような 瀕死のバスが長距離を走っている。いつ止まるかわからないので、修理道具一式携えた修理工も同乗している。実際よく故障するが、 最終的には目的地に到着するという事実は、なんか中国の底力を感じさせる。ただ、そんなバスなので舗装されてない道を走った時の 状況たるや凄まじい。車体は地面の凹凸を倍増して体に伝え、窓ガラスは振動で今にも割れんばかりにガタガタ鳴り続ける。僕は、 こわれる、こわれる、と心の中で繰り返していたが、隣の妻は眠っていた。
寝台バスというのもあった。通路を挟んで二段ベットが並んでるんだけど、いかんせん一つのベットが二人用。トイレに仕切り
がないくらいだから、もちろんこれも仕切り無し。相ベットになった中国人のおじさんは、あっという間に鼾をかき始め、いくら押
しのけてもスリスリすりよってくる。普通の神経の日本人ならまず眠れない。中国のバスは快適でないことが多い。 人情として、列車に乗りたいと思う。もし寝台の切符を手に入れることができたら、その旅は一層楽しく快適なものになる。
寝台は二対のニ段ベッドが一区画になっていて、夜間はカーテンで通路としきられる。昼間はその区画の乗客及び、彼らの関係者と思われる人達がどこからかやって来て下段のベッドに集う。もしあなたが下段で惰眠を貪っていたとしても、彼らは気にもとめずあなたのベッドに腰をおろし大声での会話及び飲食を開始する。座る場所を確保したければ早めに起き上がった方がいい。無事彼らの輪に加わったとしても、まずはあなたの身なりや持ち物から「こいつ何者や」と、ちょっと緊張した空気が漂う事になる。しばらくは当らず触らずの微妙な距離感を保ちつつも、そのうち好奇心に耐え切れなくなった一人のおばさんがおもむろに中国語であなたに話かける。そこであなたは一言「リーベンレン(日本人)」と答える。すると、それは瞬く間に車両中に伝達され、いろんな人が日本人を見物しにやってくる。みかんをくれる人、落花生をくれる人、(列車の床は落花生の殻の海と化す)唾の吐き方を教えてくれる人(列車の床は・・・)、そして身振り手振りと筆談による会話が始まる。こんなかんじ。おもしろそうでしょ。
さて、無事目的地に到着し安宿もみつかったらお待ちかねの腹ごしらえ。一匹の小さな上海蟹に始まった僕らの中国食べ歩きは、ゲロをかけたようなゲロまず駅弁に辟易し、シルクロードのイスラム料理に意表をつかれ、巡礼のチベット人に差し出された粗食にほろりとし、四川の激辛料理に度肝をぬかれ、「食は広州」の広東料理に歓喜することになった。
中国においしい物が一杯あるのは周知の事実なので、ここではあえてまずい物の話を一つ。
ある観光地で旅行者向けの安レストランに入った。中国人がやってるにも関わらず「リサズカフェ」という名前だった。
百八十円くらいのステーキと、七十円くらいのスパゲティーを注文した。スパゲティーには輸入物と地物があったけど
値段が倍以上も違ったので迷わず地物を選んだ。運ばれてきた二皿に口をつけて愕然とした。スパゲティーは、
「ぶよぶよにのびた穴のあいたうどんになんか変な味のする赤い汁をかけてみました」、そんなかんじ。ステーキに至っては、
「使い古しのわら草履に申し訳程度の肉の味を染込ませてみました」、そんなかんじ。食べ物というより、むしろ顎を鍛える道具
といった方が的確で、僕も妻も何度挑戦しても決して草履を噛み切ることはできなかった。まあ、そんな物をだす店も店なら、
残さず食べた我々も我々か。
最後に風光明媚な場所を一つ。「水墨画の世界」として有名な、桂林を起点とする漓江下りの終点に陽朔(やんしょう)という町がある。桂林は実は何の変哲もない町で川下りの起点に過ぎないんだけど、この陽朔という町は、町自体が「水墨画の世界」の中にある。遠い昔海から隆起し、長い時間をかけて雨によって侵食されてできあがった石灰質の円錐状の峰が、
ニョキニョキと無数にそびえ立っている。自転車を借りて郊外にでかけるとニョキニョキの間に静かな田園の風景が広がる。
時間をかけて「月の丘」に登れば、遥か彼方、果てし無く続くニョキニョキに言葉を失う。
リサズカフェはそんな陽朔の町にあった。
つづく・・
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