コラム−インドネシアで作られたとんぼ玉 Manik manik di Indonesia
研究者の中で「ミステリービーズ」と呼ばれるインドネシアのとんぼ玉。。
いまだ、謎の部分が多く研究者により解釈が異なるので、私たちも各学説を読み比べながら首をひねったり、二人で議論を交わしたりを繰り返しております。。私たちの経験を踏まえた解釈をここに述べさせていただきますことをお許し下さい。
インドネシアビーズの研究がはじまったのは1900年に入ってからで、オランダの学者の研究がインドネシアの学者に引き継がれ現在に至っています。
インドネシアで作られたとんぼ玉は、大きく分けてジャワ玉とインドパシフィックビーズの2種類と、半貴石のビーズが挙げられるかと思います。
1.インドパシフィックビーズ Indo-Pasific Beads
インドネシアのビーズの中でも、もっとも研究者の興味を引くのは、インドパシフィックビーズの出現でしょう。
7〜13世紀に非常に大きな勢力を誇った仏教王朝Sriwijayaスリウィジャヤ朝は、インド・中国と密接な関係を持っており、その頃多くのセラミックビーズがもたらされました。
これがインドパシフィックビーズであり、それと同時期にインドネシア国内(スマトラ島パレンバン)においても同様のビーズの製作がされました。インドと非常に近い関係にあったインドネシアはインドパシフィックビーズのみならず、半貴石(カーネリアンやロッククリスタルなど)ビーズの製作技術もインドから学んだものと推測されます。
当時材料もインドより輸入していたのではないかという説もありますが、ほとんどは資源豊かなインドネシア国内よりまかなったようです。
その後西アジアより多くのモザイクビーズがもたらされ、ジャワ玉製作へとつながっていくのです。
興味深いのは、「インドネシアのビーズは主に交易に使われたというよりも、貢物として用いられた」とするアメリカの研究者Jamey D.Allenによる記述です。
つまり、香辛料などとの交換でビーズを手に入れたのではなくて、プレゼントとしてもらったということです。
だからおそらく、外から入ったビーズは少なくて、その後自国で独自のビーズを作り、それをまた貢物として各民族の王達が使っていたのではないかと思われます。なんだか、フレンドリーで人の良いインドネシアらしい話だな・・・と思うのですがいかがでしょうか。
現在も、インドパシフィックビーズの中でも特に貴重であるとされる-mutisalah-ムティサラッは、スンバでは結納に欠かせないビーズで大変高価ですし、かつてイリアンジャヤでは、大変重要な客を迎える際には、歓迎の印としてインドパシフィックビーズをたくさん首にかけてあげる習慣がありました。ハワイで花のレイをかけてあげるのと似ていますね。
Murisalah
うっとりするような質感です。
2.ジャワ玉 Jatim
ジャワ玉の定義は、以下の通りです。
1.西アジアの玉を摸倣してインドネシア国内で作ったと思われる玉。表面のみにモザイクを貼り付けて作られたもの。
マニックサユル・マニックトッケイなどのアイ文様や、サンバースト文様の玉など。
2.同じく表面のみにモザイクを貼り付けて作った玉であるがオリジナル性が高くユニークなデザインのもの。
マニックプランギ(虹玉)・マニックブルン(鳥玉)など。
インドネシア国内での製作に関しては、東・中央アジアのガラス職人がインドネシアに移住して技術を伝えたとする説もありますが明らかではありません。
年代に関しても、諸説こもごもですが、ここではインドネシアの研究者による、「ジャワ玉の製作は300年頃〜900年頃。」という説を引用しております。。
謎の多いインドネシアビーズですが、コピーが多いことでも有名です。
古いものを手にしたことがある人ならば、一目見てわかるものもあれば、大変巧妙に作ってあり、「おお、コピー バグ−ス(良い)!!」と思わずうなってしまうようなものもございます。
コピーは低温で組成されるため、ガラスが比較的もろいです。簡単に割れることがありますので、もしコピーをお買いになる場合には、強度を確かめてご購入下さい。コピーとしてではなく、工芸品として改めてみますと、技術的に大変優れ、驚かされるようなものも多々あり楽しいものです。
パンダモでも、インドネシアのレプリカとんぼ玉としてご紹介・販売させていただいております。【雅】

