中国のとんぼ玉について
中国のとんぼ玉というとまず「戦国玉」を思い浮かべる方が多いと思います。戦国玉は、遠く紀元前4〜1世紀頃、フェニキアまたはローマの玉の影響を受けて作られたものだといわれています。そのデザインの複雑さ緻密さは、他の追従をゆるさぬほど優れたものです。もちろん現在本物の戦国玉を手にすることは非常に難しくレプリカもたくさん出回っています。
ここで、パンダモ所有の自慢の戦国玉をご紹介させていただきます。パンダモのとんぼ玉博物館のページをクリックしてご覧下さい。
ところで、この戦国玉から大分時を経て、17世紀の清朝最盛期に中国ガラスはガラス工芸史の中で、ふたたび注目するに値する時を迎えます。。
中国最後の統一王朝「清朝」(1644〜1912)。中国最高の名君の一人とされる康熙帝(こうきてい)の時代に、宮廷ガラス工房(宮中 養心殿の玻璃廟)がそれまでの民間経営のガラス工房にとって変わり、ここから本格的に中国のガラスが発展していきます。その孫である乾隆帝(けんりゅうてい)の時代には、帝の派手好きの性格も手伝って、鼻煙壺をはじめとする大変優れたガラス製品が内外に送り出されました。これが世にいう「乾隆ガラス」です。
乾隆帝の時代に関わらず、玻璃廟で作られたガラスを一般的に乾隆ガラスと呼びます。
左の写真は偶然、地元の親しくしている同業者(骨董屋)から
手に入れたもので、日本の緒締に使われていました。おそらく宮廷ガラスとして最盛期に作られたと思われる大変
質の良い乾隆玉です。江戸時代の人がこの愛らしいとんぼ玉を腰にぶら下げて誇らしげに歩いていた姿を想像するととても愉快な気分になるのです。
ここでは、17世紀の清朝最盛期に作られた名玉「乾隆玉(けんりゅうだま)」に影響を受けて後世作られ、アジアの少数民族に渡ったと思われるとんぼ玉にスポットを当ててご紹介いたします。【雅】
中国のとんぼ玉の販売
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・size:長さx直径x穴径















